ダイニングチェアの定番であり、名作でもあるキャンティレバー式の椅子について調べてまとめてみました。
椅子のデザイン革命
1926年、マルト・スタム(1899-1996)は、キャンティレバー CANTILEVER を発表しました。(カタカナ表記では「カンティレバー」「カンチレバー」とも)
キャンティレバーのシンプルさは、後世に、なんと20世紀半ばまで多大な影響与え続けました。まさにデザインの革命だったのです。
1925年、このオランダ人デザイナーは、ベルリンに滞在しながら、鋼管を使った、後ろ足のない子を構想していました。
「空気の上に座る」という発想を形にしようとしていたのです。
実際にガス管をジョイントでつなぎ、のちのキャンティレバーのような構造の椅子を試作しました。
最大の課題は、1本のパーツの形状を工夫することで、座る人の体重を支え、なおかつバランスをとることでした。
そしてそれを解決して完成した椅子こそ、キャンティレバー(S33 トーネット社)だったのです。
マルト・スタムとは、どのような人物?
Mart Stam 1899年、オランダ・ブルメントに生まれました。
アムステルダムの製図学校卒業後、1922年、ベルリンに移り、建築家マックス・タウトのもとで働きました。ドイツ工作連盟展に参加し、スイスの近代建築国際会議の創設にも携わりました。
34年、オランダに帰国し公共建築を中心に設計を行いました。39年、アムステルダム応用芸術工芸研究所所長就任しました。48年から52年まで旧東ドイツドレスデン及びヴァイサンガー国立造形応用芸術学校校長となりました。
ブロイヤーのB32
直接的な影響関係は不明ですが、同時期に、スタムの椅子に快適さという点から発展させるのことになったのが、ブロイヤーのB32でした。
ブロイヤーは、フレームに弾性を与えて、坐り心地を向上させ、柔らかい空気の頭のような座り心地を実現しました。
B32は、スレンダーで艶めいた鋼管のフレームに、藤などの伝統的な素材を用いた背もたれや座面を組み合わせられています。
ブロイヤーの娘フランチェスカにちなんで、別名「チェスカ・チェア」とも呼ばれる、この椅子は、1920年代当時はもちろん、たとえ現在でも、モダンな部屋に心地よく調和するものです。
1920年代に数多く生まれた同種の構造の椅子の中でも、最も洗練された1脚として知られ、20世紀のデザインの名作とされます。
ブロイヤーが率いたバウハウスの木工部門から生まれた大きな成果であり、時代を通じて淘汰されることなく、1960年代以降も定番としてますます多くの人々に好まれるようになりました。
そのデザインと座り心地を可能にしたのは、木材でした。
スタムの椅子をはじめ、初期の多くのキャンティレバー式の椅子には、メインのフレーム以外に補強用の鋼管が使われていました。
それに対してブロイヤーは、枠状の木のフレームを座面と背もたれに用いることで、それらの余分な鋼管を不要にしました。。
この着眼点により軽快な構造はよりシンプルになり、藤を編んだ座面や背もたれのテクスチャーが、工業的な鋼管の主張の強さを和らげる効果も生まれた。
ついによく知られたキャンティレバー式の、あの椅子(ノル社)になったのです。
ちなみにブロイヤーは、この椅子のバリエーションもいくつか試みています。B32にアームレストを付け加えたB64(S64)はその代表的なものです。アームも含めて1本の鋼管で作られています。
マルセル・ブロイヤーとは、どのような人物?
Marcel Breuer1902年、ハンガリー・ベックス生まれました。
ワイマールのバウハウス1期生として学び、1925年から1928年までデッサウ校で家具工房主任を務め「ワシリーチェア」をはじめ数多くの家具のデザインを手がけました。
1930年代に入ると、ロンドンを拠点に建築家としても活躍しました。1937年にヴァルター・グロピウスの招きでアメリカに渡り、ハーバード大学建築学部で教鞭をとりました。
代表的な建築作品に、パリの「ユネスコ・ビル」(58年)、ニューヨークの「ホイットニー美術館」(66年)があります。
特許をめぐる争い
椅子そのものとは関係がありませんが、スタムとブロイヤーの、どっちがキャンティレバー式の元祖なのでしょうか?
実はブロイヤーやミース・ファン・デル・ローエといった同世代のライバルたちは、同じ時期にそれぞれ特許を申請しました。
その結果ドイツの裁判所でスタムとブロイヤーの間で裁判が行われキャンティレバー式の椅子が誰の功績なのかが争われました。
勝ったのはスタンでした。
ミースのキャンティレバー式椅子
20世紀建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエも、1927年キャンティーレバーのチェア MR サイド チェア MR Side Chair を発表しています。
前足だけで全体を支えるキャンティーレバーの椅子ですが、ミースはフレームの前側を丸くして、鋼管の弾力を坐り心地に生かした椅子を作り出しました。
また、シートには藤を張り、クローム仕上げの鋼管と対比させています。
MR サイド チェア(ノル社)は、モダニズムの美を、ミニマルなフォルムの中に一体にした名作です。
この結果、スタムとは別に特許取得することになりました。
参考:『世界の名作椅子ベスト50』エクスナレッジ、『名作椅子と暮らす』マガジンハウス