新型コロナウイルスのせいで地球からボールを蹴る音が消え、フットボール欠乏症です…そこで、この機会を利用して世界の名将の戦術について、基本の「き」から復習しておきたいと思います。第5回目は、ブンデスリーガ のみならず、もはや世界のフットボールの風雲児!19/20CLグループステージ1位突破も記憶に新しいRBライプツィヒのユリアン・ナーゲルスマン監督です。
代名詞「史上最年少」
2016年の2月1日、ユリアン・ナーゲルスマンはブンデスリーガ史上最年少となる28歳でトップチームを指揮しました。
2018年9月9日には、31歳と58日という史上最年少記録で、世界最高峰のCLで指揮を執ることになりました。
そして今季2019-2020チャンピオンズリーグ でもライプツィヒの監督として「史上最年少」という看板がつく記録を作り続けています。
ナーゲルスマンについては、その若さがクローズアップされまていますが、見逃せないのは彼の指導者としての経験が浅いわけではない、意外に長いという事実です。
短かった現役時代
バイエルン州のランズベルク・アム・レヒの出身。アウクスブルクの下部組織で選手として頭角を現しました。
そさて選手育成に定評のある1860ミュンヘンのU-17へ加入。そこではキャプテンを務める有望株でした。
しかし、2007年夏に膝の怪我を負ってしまい、二度の手術を受けたものの、回復具合はおもわしくなく、最後はアウクスブルクの2軍にあたるアウクスブルクU-18で引退を決意。わずか20歳でした。
トゥヘルとの師弟関係
2008年1月1日の引退と同時にスカウティングの仕事を任されることになりました。
20歳で指導者の道を歩み始めたのです。ですから、28歳でトップチームの監督と言っても、すでにおよそ8年…それなりの指導歴は有していたのです。
さて、ナーゲルスマンが現役引退し指導者の世界へと入った時に、アウクスブルクのU-23で監督を務めていたのは、なんとトーマス・トゥへル(元ドルトムント監督、現パリサンジェルマン監督)だった。
トゥヘルは、ナーゲルスマンの戦術眼を評価し、相手チームの分析など、多くの仕事を任せました。
トゥへルは、アウクスブルグへ来る前のシュトゥットガルトで下部組織の指導者を務めていた時代から、現在はユベントスでプレーするサミ・ケディラを育てるなど、将来有望な指導者として評価されていました。
そんなトゥへルから、相手チームの分析とそれをいかにして自分のチームにフィードバックするかについて、ことこまかに指導を受けたのです。
ナーゲルスマン自身も、その時代に多くのことを学んだとのちに明かしています。
指導者としてのキャリアの第一歩をトゥへルのもとでスタートさせたことは、ナーゲルスマンののちの成功を考えるうえで欠かせない要素となりました。
しかし、この師弟関係はわずか半年ほどで終わってしまいます。
2008-2009シーズン、トゥへルがマインツU-19の監督へ引き抜かれてしまったからです。
それにあわせて、ナーゲルスマンはもうひとつの古巣である1860ミュンヘンでU-17のアシスタントコーチを務めることになりました。
2009-2010シーズンを終えたタイミングで、ナーゲルスマンにさらなる転機が訪れます。
ホッフェンハイムへ!表舞台へ!CLへ!
ホッフェンハイムに移った経緯
それまで5年間にわたり1860ミュンへンのアカデミー部門長を務めていたエルンスト・ターナーが、新たにホッフェンハイムのアカデミー部門長を任されることになったのです。
ターナーに見出されたナーゲルスマンも、それにあわせてホッフェンハイムへ移ることになりました。
最初の1年間はホッフェンハイムU-17のアシスタントコーチを任され、翌シーズンにはU-17の監督になりました。
混迷が彼を呼ぶ
そこで1年半がたった時点で、混迷をきわめていたトップチームのアシスタントコーチに就任し、スカウティングなどを担当。
このシーズン(2012-2013シーズン)のホッフェンハイムは、暫定監督を含めて、1年間で4人の監督が指揮を執る混沌としたシーズンでしたが、シーズン最終戦のアウェーでドルトムントに勝利し、降格圏内から入れ替え戦にまわる16位に浮上。カイザースラウテルンとの入れ替え戦を制して、奇跡の1部残留を果たしました。
そのチームを支えたナーゲルスマンは、ホッフェンハイムU-19の監督に就任、3シーズン連続でU-19ドイツ選手権の決勝へと勝ち進み、2013-2014シーズンには優勝も果たしました。
トップチーム監督に急きょ就任
本来はU-19監督の4シーズン目となる2016-2017シーズン終了のタイミングで、トップチームの監督に就任することが内定していました。
しかし、トップチームの成績不振により、2016年2月1日にトップチームの監督に急きょ就任します。
そして自動降格となる17位に沈んでいたチームを最終的には14位にまで引き上げて残留を勝ち取りました。
2017-2018シーズン、ナーゲルスマン率いられたホッフェンハイムは、初のELへ、そして2018-2019シーズンには初のCLへとチームを導きました。どちらもクラブ史上初の快挙です。
その後の今季からRBライプツィヒ監督に就任し、リーグではCL圏内争いどころか、絶対王者バイエルンを脅かし、CLでもグループステージ1位突破と旋風を巻き起こしています。
19/20ライプツィヒCL雄飛の理由
少しチャンピオンズリーグにふれておくと、ライプツィヒは2回目の出場で初の決勝トーナメント進出です。ナーゲルスマンの手腕でしょう。
戦術は、様々な戦術やシステムを織り交ぜてはいるものの、3-4-3を基本にして、ハイプレスからのショートカウンターが軸です。
もちろん選手では、ゴールをキャリアハイの勢いで、チームを牽引するヴェルナーの存在が大きいこともあるでしょう。
19/20CL決勝トーナメント vsトッテナム
✔︎RBライプツィヒ、初のCL決勝トーナメント進出ゲーム
✔︎RBライプツィヒ、初のCL決勝トーナメントでのクリーンシート
✔︎RBライプツィヒ、CL決勝トーナメント初勝利
✅ナーゲルスマンは、チャンピオンズリーグの決勝トーナメントで勝利した史上最年少の監督です。ライプツィヒは準々決勝つまりベスト8進出です。
ナーゲルスマンの戦術
攻撃
前提として、柔軟なシステム変更を可能にするハードワークが選手には求められます。
したがってナーゲルスマンのチームは、選手たち全体のハードワークが特徴的で、試合時の選手の走行距離はリーグで常に高い値を示しています。
さて戦術ですが、まず、3バックを中心に、相手や状況によって5バックや4バック等、試合中でも戦い方を変化させます。
ビルドアップは、基本的に3バック+ワンボランチの4人で行い、3-3-2-2(3-1-4-2)のシステムで、主に自陣にボールがある際はインサイドハーフの選手が中央のエリアからハーフスペースへと斜めに下りて、パスコースを生み出します。
ナーゲルスマンは後方からゆっくりと確実にビルドアップすることよりも、速いテンポを保ちフィニッシュまで向かうことを標務しています。
守備
守備では5-3-2をベースとして「デュエル(1対1)を伴わない守備」を志向しています。
パスコースを制限しながら意図的にボールを狙った方向へ配給させ、そこで圧力を掛けながらパスミス、コントロールミスを誘発させてボールを奪おうとするのです。
「ノートパソコン監督世代」
ドイツでは、ナーゲルスマンは、ふたつ年上のドミニク・テデスコ(元シャルケ監督、現在スパルタク・モスクワ監督)と同様に、「ノートパソコン監督世代(Laptop-Trainer)」とドイツでは言われているそうです。
テクノロジーを取り入れたサッカー
ナーゲルスマンらが最新のテクノロジーを駆使し指導しているからです。
例えば、ナーゲルスマンはホッフェンハイムU-19監督時代から、心拍数だけではなく、動きを分析できるデバイスを選手につけさせてトレーニングを分析します。
クラブのメインスポンサーでデータ分析を生業とするSAPのソフトにより7000万ものデータを収集。
さらに、データはフィジカル(肉体)やテクニック面だけに留まらず、メンタル(精神)面においても823種類に分けて管理され、スタメン選びから練習メニューの決定にいたるまで、多くの場面でフィードバックされています。
練習場の大型ビジョン
また、ホッフェンハイムの練習場には縦が3メートル、横が6メートルもある大型ビジョンが設置されており、練習の合間にチームの動きや、その週に対戦するチームの特徴を確認したりしながら、練習に臨めるようになっています。
そうした作業をしているからこそ、ナーゲルスマンは「ノートパソコン監督世代」と言われているのです。
ナーゲルスマンの原点
トゥヘル時代のアウクスブルクでスカウティングをしていた事は、すでに述べましたが、ナーゲルスマンの原点は相手チームのスカウティングです。
相手チームの特徴をしっかり把握することと、そのうえで自分のチームの選手たちにどのような動きをすれば良いのかを植え付ける。それがナーゲルスマンという監督を考える上で最も重要な点です。
その手段として、その〝プロフェッショナルな仕事〟を完壁に遂行するために、ナーゲルスマンはテクノロジーを駆使するのです。
理想はペップのあの部分
ナーゲルスマンの考え方は、彼が理想とするサッカーについての発言からもうかがえます。
「僕の理想としているのはバルセロナ時代にグアルディオラが見せていたサッカーだよ。
彼のサッカーで大事なのはボールを保持することではないんだ。
すごかったのはボールを失ったあとのアクションだよ。ボールを奪われたとしても、リスクをおかして前へプレスをかけにいく。
だから再びボールを奪い返し、結果的にボールを支配することができるんだ」
ジョゼップ・グアルディオラが、パスをひたすらつなぐサッカーを意味する「ティキタカ」という言葉を嫌っていたのは有名です。
グアルディオラにとって大切なのは、勝つことだと本人も認めています。そして、勝つ確率を上げるために、ボールをどのように動かすのか、相手がシュートを打つ機会をいかにして減らすのかを考え、彼のサッカーが生まれています。
多くの指導者同様にグアルディオラのサッカーを理想にあげながらも、グアルディオラのチームのボールの奪い方にフォーカスしているのが、いかにもナーゲルスマンらしいです。
参考:「ワールドサッカーダイジェスト」2020.3.5、洋泉社MOOK『UEFAチャンピオンズリーグ2018-2019最新戦術論』など