リーズから復帰した理由
ンケティアがローン移籍を終えてアーセナルに復帰した理由について、アルテタ監督が記者会見で語った内容をまとめると、次のようになるかと思います。
アルテタ曰く…
ンケティアがリーズで置かれた環境は、プレーヤーとしての彼を100%向上させたと思います。彼はリーズでわずかな時間だけプレーしましたが、私たちが望んだほどではありませんでした。
彼は信じられないほどの可能性を秘めた若者であり、彼のキャリアのためにクラブは最適な決断=ローンバックという決断を下しました。
ンケティアが再びローンに出されるかは現時点ではわかりません。
つまり…
要するに、試合経験を積ませるためにローンに出したのに、ゲームに出場させてもらえないのでは、目的を達成できませんからね。
それでは、この「信じられないほどの可能性を秘めた若者」について復習しておきましょう。
ロンドン生まれ
ヴェンゲル就任後に産まれた…
エドワード・エディ・ンケティアは、1999年5月20日にロンドン南部のルイスハムで生まれました。
ということは、ヴェンゲル監督が就任後(1996年秋)に生まれ、在任中に生まれた、最初のアーセナルの得点者になりました。
二重国籍
前述の通り彼はイギリスで生まれましたが、ガーナに起源を持っていることによって、ンケティアは、イングランドまたはガーナのいずれかでプレーすることができます。
彼は19歳未満のレベルではすでにイングランド代表にはなっています。
チェルシー“解雇”
身長の問題
ンケティアは、2008年から2015年までチェルシーに在籍していましたが、チェルシーは、彼にストライカーとして必要な、肉体的なストロングポイントがない(身長175cm…)と判断し、手放しました。
それを奨学金を提供して拾ってくれたのがアーセナルでした。
プロ契約
そして2016年9月にアーセナルとプロフェッショナル契約をしました。
ンケティア「私は一生懸命に働き、改善し続けることで契約を達成しました。そして、プロとして、私はファーストチームに一歩近づきましたが、そこで求められる基準がどれほど高いかを知っています。」(2016)
18歳で語った自信
ンケティア「私はファーストチームでのトレーニングを本当に楽しんでいます。私はペトル・チェフに対して何点かゴールを決めましたが、チェフはトップクラスのキーパーなので、私はとても満足しています。トレーニングゲームだったことはわかってますが、彼に得点できれば、他のゴールキーパーに対しても同じことができると信じています。」(2017)
初ゴールとベンゲルの賛辞
エンティケアは、2017年秋、EFLカップで途中出場からトップチームでの初ゴールを決めました。その試合後、
ベンゲル「私はすでにここ(アーセナル)にいたとき、エンティケアが命を授かってなかったと思うことに感心しました。」
「しかし、それはまたすばらしいことです。若者にチャンスが与えられ、アーセナルで長いキャリアを積むことを願っています。若い選手にチャンスを与えられることを誇りに思います。」(2017)
参考:「arsenal.com」「Nairaland Forum」「BT SPORT」など