虞翻(ぐほん)、孫策・孫権に仕えた有能な呉の幕僚【三国志 演義と正史の比較】




三国志

字は仲親。会稽郡余姚の人。呉の幕僚。

演義の虞翻

孫策に敗れた厳白虎を、太守の王朗は軍を率いて助けようとする。虞翻は「孫策は仁義の軍なので、厳白虎を捕縛して引き渡すのが良い」と諌めるが、王朗は聞き入れなかったので、嘆息して退出した。

後に、配下の周泰が、賊に襲われ負傷したと聞いた孫策は、虞翻が名医を知っていることを耳にする。虞翻は孫策に招かれて功曹に任命され、華佗を紹介した。

また、孫策の命令で、豫章郡の華歆を投降させた。

孫権と劉備の同盟を目論む諸葛亮との舌戦では、論破された。

後に孫権は、関羽を殺し荊州を手に入れる。このとき公安を守る蜀将傅士仁は、虞翻の幼なじみだった。そこで使者に立ち、降伏するよう説得した。

正史の虞翻

孫策のもとに出仕し、 曹操の招きを拒絶した。

孔融や張紘は早くから虞翻の才能を評価していた。また陸績は虞翻の年下の親友だった。

虞翻は、自分が正しいと思うところをあくまで押しとおす剛直な性格だった。

降将の于禁や糜芳を憎み、しばしば皮肉を浴びせた。

また主君の孫権に対しても直言したり、無礼な行動をとって怒らせた。

ついには孫権に憎まれて南方の交州へと流され、古典の研究に余生を送った。

呂蒙や諸葛瑾が孫権にとりなしたが、生きている間に中央に戻ることはなかった。

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