橋蕤(きょうずい)、袁術配下で孫策、呂布、曹操と戦い、最期は夏侯惇に討たれる【三国志 演義と正史の比較】 三国志 Twitter Facebook はてブ Pocket LINE コピー 2020.04.18 袁術の配下で、大将軍の地位にまで昇る。 もくじ 演義の橋蕤正史の橋蕤 演義の橋蕤 孫策を討伐するための議が開かれた時、その席上に名が見られる。 帝の名を僭称したことで、袁術と呂布が争った際には、第二軍上将として参戦。 しかし味方諸軍が敗退したため、橋蕤もまた退いた。 曹操が袁術を襲った戦いにおいて、 寿春県境付近で曹操配下の夏侯惇に矛で突き殺された。 正史の橋蕤 橋蕤を殺したのは、正史では于禁となっている。 『呉書』によれば、袁術の家臣ながら橋蕤は孫策を心から尊敬していたという。 関連